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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)330号 判決 1991年1月29日

原告

植田薫

右訴訟代理人弁護士

古殿宣敬

野田底吾

羽柴修

被告

日電理化硝子株式会社

右代表者代表取締役

霜下隆俊

右訴訟代理人弁護士

阿部清治

工藤涼二

主文

一  被告は原告に対し、金一三五八万八九七四円及びこれに対する平成元年三月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  原告は、主文同旨の判決と仮執行宣言を求めた。

二  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

一  原告の請求原因

1  被告(以下「被告会社」という。)は、理化学用並びに医療用硝子器材・器具の製造及び販売、医療用機器及び計量器の販売を目的とするものである。

原告は、昭和四二年一〇月二日、被告会社の営業担当の従業員として期間の定めなく雇用され(以下「本件労働契約」という。)、昭和五二年四月一日、第一営業部次長の地位に就いた者である。

2  原告は被告会社に対し、昭和六三年一一月一九日、被告会社を同年一二月二〇日限り自己の都合により退職する旨の意思を表示した(以下「本件退職の意思表示」という。)。右退職時における原告の給与額は、月額金五四万六八四〇円であった。

3  被告会社においては、就業規則をもって退職金の支給をすることが定めているところ、右当時(以下「本件退職時」という。)において効力を有した就業規則の一部をなす退職金規定(以下「原告主張規定」という。)によれば、原告の退職金の額は、以下の<1><2><3>を乗じた、金一三五八万八九七四円である。

<1>基本給 五四万六八四〇円

<2>退職金支給月数(勤続年数二一年相当) 三五・五

<3>自己都合による退職金の支給率 〇・七

4  仮に右退職の意思表示の効力がないとしても、原告は、平成元年一月二〇日、被告会社との間において本件労働契約を合意解約した。右解約時の原告の退職金の額は、前記3記載と同様である。

5  よって、原告は被告会社に対し、退職金請求権に基づき、金一三五八万八九七四円及びこれに対する遅滞後である本訴状送達の日の翌日の平成元年三月一八日から支払い済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告会社の認否・反論並びに抗弁等

(認否等)

1  原告の請求原因1、2記載の事実は認める。同3記載事実の中、被告会社においては、その就業規則をもって退職金の支給をすることを定めていること、その算定方法が基本給ないし基本給相当額に退職金支給月数、退職金支給率を乗じるものであること、原告の退職金月数、退職金支給率が同3の<2><3>に記載のとおりの数値であることは認めるが、その基本給に該当する金額が同3の<1>記載の金額であること及び原告主張の退職金の金額は否認する。同4記載事実は否認する。

2(一)  被告会社は、昭和四八年に給与体系の中に月俸者制度を新たに導入したこと等に伴い、従前の原告主張規定たる退職金規定中に「本給」とあったのを「基本給」と改めるとともに、基本給の存在しない月俸者については、その月俸の五〇ないし六〇パーセント(運用上は五七パーセント)を退職金算定の基礎となる基本給とみなすこととする等の退職金規定の改定をした。改定された右規定(以下「被告主張規定」という。)は同年四月二一日以降適用された。

(二)  原告は、昭和五二年に第一営業部次長に就任したが、同職にあった昭和六三年一二月二〇日までの期間は、月俸者の地位にあった。従って、被告主張規定によれば、本件退職時においては原告主張の給与額の五七パーセントである金三一万一六九八円が、本件退職時における原告の退職金算定の基礎となる基本給相当額である。よって、仮に原告が本件退職時に退職したことが認められるとしても、原告の退職金の額は金七七四万五六九五円(三一万一六九八円×三五・五×〇・七)である。

(三)  退職金に関する被告主張規定が効力を有していることは、後記のとおり、被告会社の従業員に対する周知が図られていることから明らかである。

なお、被告主張規定は、労働基準監督署への届出及び従業員の代表の意見も聴取していないが、その改定は使用者側の立場にある者のみを対象とするものであったのであるから、一般の従業員の労働条件とは関わりのないものであって、右手続上の懈怠は就業規則改定の効力には影響を及ぼさないものである。

<1> 被告主張規定は、前記改定時である昭和四八年四月二一日頃社内に掲示された。その後は、常時被告会社の総務課に備えられていて従業員には随時閲覧が可能な状態にされていた。

<2> 月俸者は、すべて同規定の存在を了知していた。

3  原告は、後記のとおり昭和六三年一月二〇日当時は、被告会社の第二営業部市場開発室室長の地位にあった者であって、その退職金の算定の根拠とされる月額給与の基本給は、金二六万二〇〇〇円である。

従って、仮に原告が昭和六三年一月二〇日に本件労働契約を合意解約したことが認められるとしても、原告の右退職時による退職金の額は、金六五一万〇七〇〇円(二六万二〇〇〇円×三五・五×〇・七)である。

(抗弁)

1  原告は、昭和六三年一二月二一日頃、本件退職の意思表示を撤回した。

2  原告が右撤回をしたことは、次の事実から明らかである。

(一)  原告は、昭和六三年一二月二一日、被告会社から第二営業部市場開発室室長の辞令を受け、以降被告会社において勤務した。

(二)  被告会社は原告に対し、平成元年一月五日、国内留学の辞令を交付し、原告はこれを異議なく受け取った。

(三)  なお、右(一)の配転に伴って被告会社は原告に対し、昭和六三年一二月二一日付の給与辞令を以て、原告が月俸者である次長職から課長職相当の地位に降格されたので、昭和六三年一月より基本給二六万二〇〇〇円及びその他手当を給することとした。また、さらに昭和六四年一月二一日付の前記国内留学を命じる旨の辞令を以て、留学期間中は無給とし、被告会社に復帰後は昭和六三年一二月二一日現在の給与の八〇パーセントを保障することとした。

3(一)  被告会社は原告に対し、平成元年二月一八日、原告においては、被告会社の懲戒解雇事由を定めた就業規則五三条の四号「会社の許可を受けずに在籍のまま他の会社に雇い入れられたとき。」に該当する左記(二)記載の行為があることを理由に、同年三月九日付を以て原告を懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)する旨の意思を表示した。

(二)  原告は、被告会社に何等の断わりもなく、平成元年一月一一日頃、被告会社と競業関係にある株式会社振興堂器械店(以下「訴外振興堂」という。)に入社し、同社「企画部長植田薫」との記載のある名刺を被告会社の取引先に配って、右訴外会社の営業活動を行った。

三 被告会社の主張に対する原告の認否並びに反論

1  被告会社の認否等2の(一)、(二)記載の事実は否認する。堂2の(三)記載の事実のうち被告主張規定は、労働基準監督署への届出及び従業員の代表意見聴取がなされていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

2(一)  被告主張規定は、被告会社の税務対策のために税務署に提出する目的で作成されたものに過ぎず、就業規則として作成されたものではない。

(二)  仮に就業規則として作成されたものであるとしても、被告主張規定は、労働者の意見聴取も、監督官庁への届出もなされていないばかりでなく、労働者への周知を欠いているのであるから、就業規則としては無効である。原告は、本件訴訟において初めて被告主張規定を知ったものである。

(三)  被告会社の就業規則類は、本社総務部の書類ロッカーに備え付けられており、被告会社の霜下専務が保管責任者となっていた。原告主張規定として提出した甲第三号証は、原告が、同専務から被告会社の退職金規定として示されたものを、その許可を得て謄写したものである。

3  被告会社の抗弁1、2の(二)、(三)記載の各事実は否認する。同3の(一)記載の事実は認める。被告会社には、当時国内留学などという制度は存しない。

4(一)  被告会社の抗弁2の(一)記載の事実のうち、原告が、本件退職の意思表示の効力が発生した後である昭和六三年一二月二一日から平成元年一月二〇日までの間、被告会社に勤務したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  原告は、前記のとおり昭和六三年一二月二〇日限りで本件労働契約を一応解消したが、被告会社からの依頼によりその頃、残務整理のみの目的のため新たに一ヶ月間の臨時雇用契約を締結し、前記期間被告会社においてその仕事に当たっていたものである。

5  被告会社の抗弁3の(二)記載の事実のうち、原告が訴外振興堂に入社し、同社の企画部長の地位に就いたことは認めるが、その余の事実は否認する。

但し、原告が訴外振興堂に入社したのは、被告会社退職後である。

四 証拠等(略)

理由

一(請求原因について)

1  請求原因1、2記載の各事実は当事者間に争いがない。

2(一)  被告会社においては、その就業規則において退職金の支給がなされることが定められていること、本件退職時における原告の退職金算定の基準とされる、退職金支給月数と退職金支給率が請求原因3の<2><3>に記載のとおり、三五・五と〇・七であることは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いがない(証拠略)の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨によれば、本件退職時における、原告の退職金算定の基礎となる基本給の額は、請求原因3の<3>に記載のとおり金五四万六八四〇円であること、従ってその退職金の額も同3に記載のとおり金一三五八万八九七四円であることが認められる。

(三)  なお、被告会社は、請求原因に対する被告会社の認否等2の(一)ないし(三)において、「就業規則の一部をなす原告主張規定は、昭和四八年に被告会社の給与体系の中に月俸者制度が新たに導入されたのに伴い、同年四月二一日以降適用されることとされた被告主張規定に改定された。そして、同規定は、その頃、被告会社の従業員に周知する手続が採られ、又月俸者に対してその旨の説明がなされた。」等主張しているところ、(人証略)の全趣旨により成立が認められる(証拠略)には、右主張に副う部分があり、また(人証略)の結果中には同趣旨の供述部分があり、それによって、被告会社における給与体系の中に被告会社の幹部従業員に対するものとして他の従業員と異なる部分のあることが認められるものの、原告を含めた月俸者には、その退職金の算定は被告主張規定に従ってなされる旨の説明がなされたとする前記各供述は、これに反する原告本人尋問中の供述に照らして、また、その他の前記各供述並びに各記載部分は、以下の認定事実等に照らすと、到底措信することができない。また、他に前記被告会社の主張事実を証するに足るものはない。

すなわち、(証拠略)の全趣旨によれば、被告会社が昭和四八年に原告主張規定を被告主張規定に改定したものであるとして提出した(証拠略)は、被告会社が昭和三七年に退職給与引当金等に関する税務対策上の処置に関して所轄税務署に提出した書類の写しに後に加筆したものに過ぎないこと、同第一四号証も被告会社の決算に関する内部書類の一部であること、平成元年七月七日に改正される以前において有効に施行されていた被告会社の就業規則及び退職金規定として提出された(証拠略)には、月俸者の退職金の算定基準に関する記載は全く存しないばかりでなく、右被告会社の給与規定中には月俸者に関する記載自体が存在しないこと、被告会社が原告が月俸者の地位に就いたとする後の原告に対する給与の明細等においても、原告が基本給の存しない月俸である旨をうかがわしめるものは何等存しないこと、原告主張規定の根拠として原告が提出している(証拠略)は、原告が本件退職に際して、就業規則等の保管責任者の訴外霜下雅彦専務から被告会社の退職金規定として示されたものを、同専務の許可を得て謄写したものであること、被告会社主張にかかる月俸者が被告会社を退職して現実に退職金の支給の額が問題になったのは原告が最初の者であることが認められる。

従って、就業規則たる原告主張規定が被告主張規定に有効に改訂されたとする被告会社の主張は採用できない。

二(退職の意思表示の撤回の抗弁について)

1  被告会社は、「原告は、昭和六三年一二月二一日頃、本件退職の意思表示を撤回した。」と主張する。ところで、原告においては、昭和六三年一二月二一日から平成元年一月二〇日までの期間、被告会社に勤務したことは当事者間に争いがない。また、(証拠略)の結果(第一回)によれば、被告会社の霜下専務は、昭和六三年一二月二一日頃、朝礼の場で原告に対し、原告を第一営業部次長の地位を解いて、同月二一日付で課長相当職である第二営業部・市場開発室・室長に命ずる旨の辞令及び右降格処分を理由として給与を基本給金二六万二〇〇〇円とその他手当との合計で金三九万五八六八円とする旨の給与辞令を交付したところ、原告がその受領をその場で拒否しなかったこと、さらに被告会社は原告に対し、昭和六四年一月五日、原告を同年一月二一日付で無給の国内留学を命ずる旨の辞令を交付したところ、原告は特段の異議を述べることなく、これを受領したことが認められる。

2  しかしながら、(証拠略)の結果(第一、二回)によれば、原告は、昭和六三年九月頃から上司である秋山康彦(以下「秋山」という。)に被告会社を退職したい旨表明していたが、同年一一月一九日、秋山を通じて同年一二月二〇日を以て退職する旨の退職願を提出したこと、これに対し被告会社は、原告が第一営業部における販売活動の中心的人物であることから、右退職届を返還する等してその翻意に努めたこと、ところで原告の退職の意思は固く、右退職につき被告会社の理解が得られないので、止むなく昭和六三年一二月九日付内容証明郵便により、その頃被告会社に到達した書面で右退職の意思に変りがない旨通知し、右二〇日には会社内及び元社長宅等への退職の挨拶回りをしたこと、しかしながら被告会社の経営陣としては、なんとか原告の退職を阻止ないしその復帰を図りたいとの考えを依然として有していたことから、昭和六三年一二月二〇日、とりあえず、原告に対しては業務引継のためとして、また右引継が終了した後は休暇を承認するとのことで、昭和六四年(平成元年)一月二〇日までの一ケ月間の出社を求めたこと、その申出を受けた原告も、被告会社からの円満退社のためにこれを承諾したが、被告会社から前記認定のとおり受け取った前記第二営業部・開発室・室長を命ずる辞令は、仔細に検討すると、原告が出社を承諾した趣旨と異なることが明かであったし、また前記給与辞令は、何等正当の事由もないのに降格を理由とする減給を内容とするものであったので、その直ぐ後で被告会社に返還し、また右辞令を前提とする後記国内留学を命じる辞令は平成元年一月二〇日限り退職する趣旨と理解してこれを無視したこと、そこで原告は、右約定に従って年内は昭和六三年一二月二一日から同月二九日までの間、翌六四年(平成元年)一月には、年始の行事が行われた同月五日の他は九日、一〇日のみ出勤して業務の引継書の作成等に当り、それが終了した同月一一日から同月一九日にまでは休暇を取ったこと、そして、原告は、同月二〇日の朝には、最終的に被告会社を退職する旨の挨拶をし、これに対して部下や同僚たちは、同日の晩に送別会を挙行して原告を送別したこと、被告会社は、昭和六三年一二月二一日付で原告に対する年末賞与の支払をしたが、通常、従業員に対する賃金等の支払の合計処理としては異例の仮払金名義で支給したこと、原告は神戸市内にある本社において勤務してきたが、被告会社が辞令を発した第二営業部は伊丹市内の工場にあるのにかかわらず、原告に対して伊丹工場への勤務を命じたこともなかったし、原告に対する第二営業部の仕事の引継もなかったこと、前記無給の国内留学辞令は、被告会社が原告に対して業務命令を発するについての就業規則等の根拠がなく、原告に対しそれがどういうものであるかについて具体的な説明もなかったことが認められる。

以上認定の事実によれば、原告が被告会社との間で締結していた本件雇用契約は、本件退職の意思表示により昭和六三年一二月二〇日に一応終了し、労働給付の内容が業務の引継に限定された、右契約とは異なる形態での期間を一ケ月とする臨時的雇用契約が新たに締結されたものと解するのが相当であり、前記降格辞令、無給の国内留学辞令等は格別効力を有しないものと解される。

従って、以上の認定からすると、前記1に判示した事実をもってしても到底原告が本件退職の意思表示を撤回したものと推認することはできない。そして他に右撤回を証するに足る証拠はないので、原告が本件退職の意思表示を撤回した旨の被告会社の主張は採用できない。

三(懲戒解雇の抗弁について)

被告会社は、原告が被告会社との雇用関係が存在するにもかかわらず、平成元年一月一一日頃、被告会社と競業関係にある訴外振興堂に被告会社に無断で入社してその業務としての営業活動をしたので、被告会社の就業規則に照らして懲戒解雇した旨主張するが、原告が訴外振興堂に入社したことは当事者間に争いはないものの、本件証拠上、原告が被告会社との雇用契約の継続中に訴外振興堂に入社したことを証するに足りるものはなく、却って、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告が訴外振興堂に入社したのは、前認定にかかる臨時的雇用契約の期間が終了し、被告会社を完全に退職した後の平成元年一月二一日であることが認められる。

従って、被告会社の右主張も、その余の点に関して判断を加えるまでもなく、採用できない。

四(結論)

以上によれば、原告の被告会社に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条に、仮執行宣言については同法一九六条一項に則って、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷喜仁 裁判官 廣田民生 裁判官 横山巌)

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